Twitterと信頼社会

Twitter上のコミュニケーションの性質について、山岸俊男教授の言う信頼社会の切り口で少し考えてみました。

信頼社会

信頼社会の定義については、書籍『安心社会から信頼社会へ』、Web上では 信頼社会への近道は「損して得取れ あたりが参考になります。

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

ここで言う「信頼」とは、素性の知らない他人に対して (デフォルト値として) 持つ信頼感を指します。

Twitter上でのコミュニケーションの広がり

Twitterをどう使うかは完全にユーザの自由であるというのが基本ではありますが、1つの視点として、今まで交流のなかった他のユーザをフォローし、リプライし合うことによって関係を形成するのが1つのポイントであろうと思います。

言い換えると、相手が直接の知り合いであるかどうかにかかわらず、相手をフォロー/リプライするのが、Twitterの1つの利用パターンであると言えます。図示すると以下のようになります。

このような状況が成り立つのは、面識のない他人に対してフォロー/リプライしても、相手から害を受ける可能性が低いという確信を持っていることが前提になります。何をもって害を受けるというかは一概に言えませんが、多くの人は、自分の発言に対して攻撃的なリプライを受けるのは好まないのではないかと思います。

他人に対してリプライしてもおそらく攻撃されないであろうという確信を持てることは、山岸教授の言う信頼社会が形成されていることに相当します。

ここからはかなり推測を含みますが、現在の (少なくとも日本の) TwitterユーザはWeb上のコミュニケーションに慣れた人の割合が高いこと、Twitterを積極的に使いこなそうという意思のある人の割合が高いことから、信頼社会が形成された状態と言えるのではないかと思っています。

一方、他人に対する信頼感がない状況、すなわち発言に対して高確率で攻撃的なリプライを受ける懸念のある状況では、元々の友人同士でフォロー/リプライし合うほかは、せいぜい情報源として他のユーザをフォローする程度で、リプライはしない、という行動を取ることになるのではないでしょうか。図示すると以下のような状況になります。

Twitterキャズム越えすることで発生するかもしれない、従来のTwitterユーザにとっての不安要素は、Twitter上に形成された信頼社会が崩壊する懸念と言い換えられるというのが本エントリでの私の見解です。

参考: Twitterユーザ層が拡大すると発生しそうな何か:Geekなぺーじ